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2016年の挨拶
(2016年06月)

記事アップを躊躇していた訳ではないが今年も半分が過ぎてしまった。今年は歯に衣着せぬ毒舌、毒霧を吐いてみた。

国内の製造業はいまだもって元気がない。
業種に限って言えば元気な企業もあるのだが、なぜか10年後が見えてきたような気がしてならない。何年か前にこぞって海外に生産工場を移管してきた経緯があるが世界的に生産場所がどこに移ろうが、それなりの品質で物が生み出されるようになると、その先にはインフラの整備度合いでサラリーに影響が及ぼされ、更にコストのかからない生産場所へと渡り鳥となるのである。そこから生まれる発想はやはり1平米あたりの生産性および売上高である。省スペースでいかに売り上げを高め、時期が来たらさっさと渡り鳥になる。経費は最小限に抑え夜逃げするのである。まるでベトナムで見た韓国企業である。
景気が回復してくるとまた舞い戻って利益を追求する、ある意味商行為としては正しいのかもしれないが倫理観としてみた場合はどうか?
「製造に倫理観を持ち込むな!」と怒られそうだが製品品質に大きく係わることをお断りさせていただく。

さて本業の画像処理機器、また実装ラインのコンセプトについて、大きく他社より先んじてた内容だが今の今になって他社さんが真似てきている。
今年のプロテックショーでも3点照合(インテリジェントマネージメントシステム何チャラ)等が何社か展示していた。またソリューションメーカーでは今頃になってガーバーデータやピッキングデータ、実装データなどの統合リンクシステムを売りにしたメーカーさんもあったが、「こんなの20年前にとっくに実施してたよ」と、言ってやったら、「嘘でしょ?!」みたいなこと言ってた営業さんがいた。結局そんなレベルなのである。
物事の本質を理解されておらず、なぜこれらが商品化されたのか、有機的な結合はなぜ必要なのかの理解無くして営業活動なんか出来るわけがない。だからちょっと意地悪質問してやると回答に窮する。生産現場を知らなことがすぐばれる。
いま日本の製造業もかなり年齢層が若返り、ゲーム世代の方が機器の選定や現場を見ている。
がしかし、ちょっとだけ老婆心ながら・・・。
何でもかんでも視覚的に直感で入ってくるアプリが生産性や品質を高めていることと勘違いしている。例えば3D画像が色々加工されて見栄えが良くなって、検査者にとって間違った情報を与えたとしても鵜呑みにしてしまうのである。こればかりは何ともしがたいレベルになったもんだなと驚かずにはいられない。
また評価基準も馬鹿の一つ覚えでマニュアルに書いてある言葉そのもので、やれ何ミリだとか公差が何チャラとチャンチャラおかしい。いったいそれが最終品質にどういう影響を及ぼすのか、製品価値が有るのか無いのか究極の判断がつかないのである。
昨年もあるメーカーさんから依頼されて製品解析したがどう見ても、どう転んでも市場クレームになるので回収した方がいいと判断し改善方法まで具体的に進言したが・・・
「市場回収費用と代替品が用意できないのでロットをすべて売り切りたい。」
「クレームが発生した顧客のみ無償交換とする。」
その間代替品分も含めそのまま生産し続け、次機種にバトンタッチすると主張する品質管理部長さんがいたが、もちろん言語道断であり、国内の工場での生産現場であってもこの有様である。
このモデルははっきり言って設計ミスであり、設計者も薄々気付いていたが面と向かって私から「設計ミスです」と言われプライドが傷つけられたのか、その後口も利かなくなった。従ってコンサル契約もこの一言で終焉を迎えてしまった。本来は良くしましょう。という意味だったんですが、若い彼らにはどうも我慢がならないみたいで・・・。
なぜか今話題のマスゾエの親方と重ね合せてしまう。2代続けて不祥事で知事を去ることになるのが見え見えである。せこいし、ずるいし、虚言癖。そんでもって頭は剥げているどうしようもない。。。せめて嘘はつかないでほしい。
製品品質も後で莫大な損失を被ることになるので、生産物は品質最優先にこしたことはない。
聞いてますか三菱さん、高田さん。大体三菱の車なんて一般常識から言っても一番燃費が悪いのにカタログスペックで比較すると一番良かった。んなはずねーだろー。あんな昔っぽいエンジンでしかも車重も重い財閥系で、しかも世襲制に近い企業体質、学閥と何もいいことない企業さんはこうして叩かれていくんですね。これでは工場で一生懸命働いている従業員さんがかわいそう。ある一部のお偉いさんのプライドだけで回っている会社としか見えてこないのである。
逆にスズキ自動車は評価基準で検査すると逆にスペック以上の燃費になるというから驚きである。しかもCEOが責任取って辞職するという、おまけまで付いているグリコ以上である。評価基準で測定するより燃費が向上してしまったという逆スペックである。ものづくりの本質が見えてきたようで何とも笑える最近の国内事情である。


 

2015年の挨拶
(2015年04月)

2014年度も終わり、2015年度の会社会計年度も始まり、新年の年頭の意味合いのあった挨拶ができないまま4月を迎えてしまいました。
昨年に憂いていた電機業界を取り巻く環境が現実となった今、一年のサイクルが非常に短く感じた年でしたが、考えていたことがそのまま再現されるといささか驚くばかりです。世の中アベノミクスとやらに踊らされてる中、現実的には非常に厳しい内容が噴出してまいりました。国内ではソニーやシャープ、お隣のサムソンに至っては韓国経済の足元を揺らぐ事態となっております。業態の分離、売却、停止いずれも「負のスパイラル」にはまった感がします。
あのソニーの今現在の凋落ぶりを見ると何か悲しくなってしまいます。どの会社も同じとは思いますが、自由闊達にものが言える会社など無くなってきたのではないでしょうか。ソニーらしさが消えた時点でソニーは終わったものと思います。あれだけヒット商品を生み続けてきた原動力は何だったのでしょうか、同じ電機業界に身を置いていても、なんか羨ましくもあり追いつき追い越せという気概で頑張れたのもリーディングカンパニーとしての魅力あふれる会社だったからではないでしょうか。
一時、ソニー中新田、ソニー木更津、ソニー千厩などとお付き合いさせていただいた時期がありましたが学びを乞う部分が多く毎回訪問するのが楽しみで大いに勉強させていただきました。今現在も大崎にはリストラ部屋があると伺っておりますが、個々の虎の穴から抜け出た東大の生産技術研究所の教授になった方もおられますが、大概の社員はお払い箱になって他社へ移られる方が多いと聞きます。

シャープさんも何度かリストラや事業見直しを行ったが大した効果もなく、結局は売りに出されるのが関の山であろうと予想します。迷走している感が強いので・・・。
大手旧財閥系の企業も苦戦を強いられるものと予想します。ワーカーよりもはるかに本社機能が経費を押し上げているため儲かるはずもなく、しわ寄せはどこに来るかといえば工場負担が大きくなり競争力を失っていくといった構図である。
このような「負のスパイラル」状況はこの先も続くものと予想され、一度シャッフルしたほうが良いと提案したい。


 

2014年の年頭挨拶
(2014年01月)

皆様に支えられて創業12年になりました。創業当時に地元のインキュベーション施設に入居させていただき、色々な方たちと知り合うことができ、商売の幅も広がりを感じながら今の我々の立ち位置があると感じております。
2013年を振り返りますと国内の製造業は押しなべて海外比率が高くなり大手家電でさえも身売りが相次ぎ、国内をますます空洞化させた結果、これ以上ないのではと思えるくらい疲弊感が漂っています。
大手家電ではパナソニックに買収された三洋電気が跡形もなく整理対象となり何か物寂しい感じがします。パナソニックは他にもパイオニア等の一部プラズマテレビや三洋の電池部門など欲しいとこだけ禿鷹にして不要と判断した事業部は切り捨てを図るといった荒業に出ていますが、これといった目玉となる商品もなく苦戦が予測されます。シャープも見かけ上、4Kや小型液晶に特化して何とか改善の兆しが見えますが、また1年もすると同じ轍を踏むことが予測されます。。今年に入ってソニーはPC事業を譲渡すると発表し、いよいよ本体からの切り離し策に出ました。TV事業に注力しつつ、エンターティーメント事業やスマフォを柱とすると言ってますが、これとて非常にリスキーです。
スマフォは開発コストが尋常ではありません。当時の元同僚や友人が東芝、京セラ、富士通、カシオ、パナ、ノキア、エリクソン等の各社に散らばりましたが、瞬く間に撤退を余儀なくされ、今残っているメーカーはほんの数社となってます。
昔、日本の携帯はガラパゴス携帯といわれてましたが、未だに脱却できておりません。このスピード感は何なのか、韓国や中国、アメリカなども一時の勢いはなくようやく陰りが見えてきております。ノキア、モトローラも身売りしたしブラックベリーも今やフォックスコン傘下にありサムスン位が元気で売り上げを伸ばしている。とはいえサムソンですら今年度は前年比割れしてしまっているのである。
国内の携帯は一時期の活況差がなくなりアップルやサムソン、一部国内メーカーと勢力図が大幅に塗り替わってしまった。他の業種はどうだろうか、いわゆる産機とされた業界も着々と海外移転をしており、国内でまだ元気のある方の業種としては車載関連とアミューズメント関連、発電パネル系のコントローラー、コンバーターなどである。産機関連では所謂電車系(途上国向けのインフラ整備用、一部新幹線)である。ただしメーカーが限られているので国内全域にその恩恵が授かるわけではない。又海外に目を向けた場合物作りの拠点が確実に、より低価格賃金のベトナム、インドネシア、ミャンマー、インドなどに流れてしまっている。インフラ整備が整う頃にはいずれの国も賃金が高騰し同じ末路を辿るものと思われる。そしてついに世界インフラが世界消費地へと変わり最後には統一価格と高品質の競争が激化される。まだまだ日本に生産回帰するチャンスがあるはずです。高品質実装と省スペース高付加価値生産等、品質コントロールも含め平米あたりの生産性がものをいう時代に確実になります。3D生産ラインが生産付加価値を高めるのであれば別に大きな建屋に大きな設備化をしなくても十分競争力の源となると思います。

最近考えさせられる事が幾つか心に浮かんでたので紹介します。
過年度のこの欄でも紹介しましたが、人間教育、作業者教育がいかに大事かということです。中国や韓国の例を出すまでもなく領土、領海国際法があるにもかかわらず利益、権益、はたまた強引に利権を奪取する行為は目に余るものがあります。このままの行為が未来永劫許されるはずはなく、やがて国際法秩序から言って色々な場面から退場を余儀なくされると考えられます。全て教育の足りなさがなせる業です。自分だけ良ければよいというこの二国はまだまだ未熟と言えます。資源奪取のためには東シナ海の果てまで自国の領海という始末は世界中の笑者になり下がります。生産においても、品質においても十分な検証なしに世に出すために、車の屋根から水が漏れたり、充電器から発火したりなど、外観的に形となっていれば、もしくは基本的に充電されればお構いなし、継時変化がどうであれ初期立ち上げが通れば後は知らないよ。。。。。という考えである。
よく海外に出ると偽物のブランド品が所狭しと置いてあるがいずれも見かけは良いが(外観はよくできているが)時計などは3時間もするとバンドの裏側、つまり腕の皮膚に黒ずんだ跡ができる。まして汗をかくと見る見るうちに黒く変色する。メッキ工程がショートカットされていて薬品も粗悪品を使い最後の酸洗いも不十分だからこういう結末になる。たとえばナイキのスポーツシューズの偽物も外観はそっくりだが雨降りに履くと底のラバーがそっくり剥がれるとか様々な光景に出くわすのである。

本当に頼れる品質とは何かじっくり考えてみたいものである。


 

2013年の年頭挨拶
(2013年01月)

毎年恒例になっている挨拶文をどうしようかと思いつつ又2月に突入してしまった。
1年を振り返ると事業的には良い年であったかと思われるのだが周りを見渡すと標準的に何処も彼処も良い訳ではない。やはり皆様の御蔭で回ってくるものとつくづく感謝している次第です。

さて昨年来お隣のC国、K国は色々とやらかしてくれています。本質を探ってみようと思い遡って考えてみた。弊社ホームページに薪ストーブ用の水分計のティアダウン記事が掲載されているが、事の本質は一緒であると結論付けた。領土問題は色々な記載された事実内容に基づいて主権が保護されるべきが実効支配とか通らぬ屁理屈でいとも簡単に覆されてしまうのである。色々な歴史書を照らし合わせ、どう見ても主権は日本にあるとしてもこの始末である。ついにはウラジオストックまでもが領土であると、のたもうてしまう神経はどこから来るのだろう。先日もレーダー照射を捏造だと言いきった報道官は結局は体制に言わされているロボットでしかない。どこか哀れみさえ感じるのである。
皆さんは製造現場や設計現場で色々な標準や基準、仕様書なるものを見たことがあると思いますが何のために作成されているのか考えてみたことはあるだろうか。良い製品を生み出すために、又いつまでも良い製品を使って頂くために故障なくお客さんの手元に置いて頂ける商品を提供する為にこうした標準類を作成しているのである。
話を元に戻してみるとC国、K国には標準と言う言葉が見当たらないのである。平気で約束事、決まり事を反故にする。してもなんとも思わない国民性なのであろう。世の中で流通しているコピー商品はこの2国で90%を超えると思われるほど作られている。著作権など言葉が無いような勢いである。笑い話で米沢牛や松坂牛を商標登録して日本から金を毟り取ろうとする神経は如何に・・・・。
盗人猛々しいにもほどがある。でも彼らには一切通用しないことは解っている。

最近久し振りに中国経由でベトナムに行って来たのですが(普段は台湾経由)中国は半年毎に様変わりしている様子が伺えた、沿海州地域に経済と富をもたらした日系、外資系の企業の御蔭で一気に富裕層が増加した結果香港への流入、海外への渡航が増えてきた。ここでも目につく行動が垣間見れた。香港MTR,KCRを利用した際おおよそ日本では考えられないのが降車してもいないのにドアが開くと我先に乗り込もうとするC国の旅行者、整列して待っていた我々を押しのけ乗り込もうとした瞬間降りてこようとした人と小競り合いになっていた。見た瞬間どこか萎えてしまった感じがした。『THIS IS C』 Cには標準、基準、規律そんなの関係ねーと一発芸人が1年間呪文していた様が思い出された。
日本は本当に平和ボケしてしまって足もとに迫るこれらバカげた連中が本当に国家感を振りかざしてきた場合対応出来るのであろうか?いやきっと気づいた時点で万事休すである。水ビジネスから始まって秋葉原、新宿、池袋、横浜石川町、神戸南京町、長崎新地街等関東圏を中心に全国にきりが無いほどアメーバのように増殖している。現実問題、外に目を向けていてちょっと眼を離したすきに水源地等の山野が時すでに遅し。自衛隊基地の周辺の土地の買収、はたまた秋葉原の電気街は中国製の電脳街と化している有様です。実際に非公式ながら在日C国人は80万人を超えているものと思われる在日K国人でさえ50万人レベルなので早い話東京では100人に1人はC国人と言う事になる。これはえらい問題である。
日本の国内はこれら標準が通用しない方たちと軒を並べる羽目になったらこの先どうなるのだろう。真剣に取り組み始めねばならないだろう標準の教育、基準の徹底。でもそもそもこういう思想感のない国民性に何を訴えても暖簾に腕押しでしかならないだろう。もう20年前になるであろうかC国で無線の立ち上げ指導に行ったときに出くわしたのだが作業に使うピンセットを作業机の上に片付けて宿舎に帰り翌朝出社すると工具の類はものの見事に一つもなくなっているのである。補充を繰り返しついに責任者にクレームをつけたのだが「出していく方がおかしい」というようなことを言われた。当の作業者の胸ポケットには名前入りでしかも3本くらいずつどの作業者も持っているのである。個人のものではなく会社のものなのだからすべて返却して下さいと言っても譲らないのである。作業机に出しておくと翌朝必ず無くなっているので個人でキープしたのだと聞いた。理解出来ない事は無いが全てにおいてこういう所業なので毎日がワクワクして血が騒いだ経験がある。いつか本当にキレないかと自問自答していた記憶がある。

又、日系でいち早く工場進出した会社でコンサルしたが何と壁には、『目指そう世界一の品質!!不良率5%!!』私は当時目を疑ったのである。世の中ppmと言っている時代に%は無いだろう。。。でも中に入ったら疑う余地もない品質であり、どこか平和ボケと似た世間知らずな会社であった。周りが見えていないから出来る神技である。どこか今のC国に似て井の中の蛙状態であった。
今年はぜひ製造業も、もっともっと世界に目を向けてまだまだ国内でチャンスの芽がある業種、品目もあると言う事に気付いて欲しいものである。
あると便利なコンビニのもたらした罪は人の生活を何でも金と物で解決してくれる貯金箱である。若いお母さんが子供の弁当をコンビニあつらえしたり冷凍食品を詰めて12時頃に自然解凍されるような食生活をもたらすことの本質的な意味が理解できる親は何人居るのだろうか?食育からしてまともな子供が育つはずがないバカな親だらけである。今のC国の様と似ていると思うのは私だけだろうか。
薪水分計が0.1%、2%数値が大きい、小さいからといってストーブで燃やしてこの数値はどんな意味をもつの?燃えてしまえば一緒じゃないか・・・・。
領海だって線引きしているが資源が埋蔵しているとなると領海の境界は波の如く変動するのがC国の論理なのである。
標準、基準てなあに!

文責 柿崎弘雄


 

2012年の年頭の挨拶
(2012年01月)

 

皆様方に支えられ弊社も満10年を過ぎ企業として第2ステップへと踏み出す大事な年を迎えました。
起業意識が旺盛だった10年前に比べどこか気力が少し萎えてきている時期だっただけに昨年の日本に起こった、とりわけ我々の住む隣県の福島を中心に未曾有の大災害に驚愕してしまった。この後約10か月を過ぎようとしているが物理的に物を移動させれば良いと言ったような復興は何となく見えてはいるが心の復興(ソフト、ソリューション)はまだまだ出口が見えないでいる状態かと思います。10年を振り返ってみますと我々のお付き合いさせて頂いているO社は常に業界の先を走っている商品企画の為、一生懸命収穫の為の畑の土を作って種をまいている状態であった。数年は中国市場のバブルもありこぞって中国へと眼が向けられ成熟市場へと様変わりし安定した生産が望めた。ただし市場要求は価格だけのせめぎ合いとなりマッチポンプのような値引き合戦になった。
生産そのものもIPOD,IPAD等のように大量生産品は検査性能を追求するのでなく部品の有り無しやタクトタイムが要求されるように成っていった。やはり中国はライン品質を工程の作り込み品質に捉えて工程改善をしていくと言ったソリューションの考え方が根付かない国柄である。それは生産物としての結果、成果物を見れば一目瞭然である。やがて中国の沿海州地区はワーカーのサラリーがどんどん吊り上がり今や東南アジアではトップクラスになってしまっている、いち早く中国を脱したメーカーさんはタイに回帰する会社、ベトナムへと移設する会社、インドネシア、ミャンマー他実にいろいろな選択肢が模索されている。私もベトナムのホーチミンにあるVSIP2(ベトナムシンガポールインダストリアルパーク)で仕事をしているが最近はビジネスマン向けホテルの予約すら難しくなってきている。国別にみるとやはり一番多いのが韓国企業であり日本は2番目である。フットワークの良さは韓国企業に水をあけられている状態である、たまたま知り合いの韓国人は日本語が堪能で話す機会があって聞いてみたのだが企業進出に当たっては土地代、税金が安くインフラは特に気にしていないとのことで水道が無ければすぐに引けばよい、道路が無ければすぐ作ればよい、電気が無ければすぐに引けばよいこれら諸条件を政府の出先に要求しワーカーを何人纏めて雇うからすぐに対応させると言った高度なバーターを心掛けているとのことだった。又儲からなかったらすぐに畳んで夜逃げ同然で閉鎖する、これはあまりいい商習慣ではないがリスクを最小限にする一つの考え方であるには違いない。これが日系ですと何たらコンサルタント会社を通じ法的な手続きを踏んで工場開設のロジックをトレースして2年かけて工場開設となるのである。何とも流暢な工場開設物語である。この機動力の差がすべてを物語るのである、何をか況やである。

 

さて話を内に向け福島の原発と今から13年前に2度ほど訪れたウクライナの原発について国家間の危機意識の違いを考えてみた。ウクライナのチェルノブイリでは1986年4月26日事故が発生してその後如何に影響を及ぼしているか・・・。当時事故直後に対応に追われた軍人の選択肢が否応なしに強制された。
ロシア語でリクビダ―トル(清掃人)と呼ばれ1番放射線量の高い作業は(α線の飛び交う3号炉の屋上での作業)2分しかできない、この作業を選択するかアフガニスタンで2年戦場に行くか、どちらかしか選択が出来なかった。結果最初の一年で約70万人の労働量が費やされ結果数万人の染色体異常やもろもろの後遺障害に悩まされ現在まで通年すると正式発表はオブラートに包まれてはいるが有に10万人は超えている。
ウクライナ語でチョルノブイリ(チェルノブイリ)はニガヨモギ(アブサン・・・フランスのパスティス、別名ペルノ酒として珍重されている)の草の意味をさしている。このニガヨモギは聖書では黙示緑(世界の終りを予言する)の中に記述されている。その中では
チェルノ・・・・黒、ブイリ・・・・痛みという意味でまさしく原発事故を予測していたかのような内容である。この爆発によってプルトニウム239は(半減期が24000年)大量に放出されている。それはまさしく名前の由来である冥界と地底の王のプルートにちなんで名付けられたプルトニウムそのものである。話を戻して事故後14、5年経過した後でウクライナを訪問し隣国ベラルーシにも訪問しているが両方の国で事故後の追悼記念デモをまじかに見ている。当時共産党支配で情報統制をしていた中でも粛々とメインストリートをプラカードを持ち原発後遺障害を政府に問いかけていたことを覚えている。プラカードに映し出されていた障害者の写真が今でも頭から消え去ることはないのである。彼らが村へ帰ることが出来るのはおおよそ2000年過ぎるくらいからでその影響力は未だに堆えない。
半径160Kmは死の街と化しているのである。福島はどうか政府発表は辻褄合わせのでたらめでしかない。半径30km以内は除染したら戻れます。馬鹿なこと言っている場合じゃない。本当にこの人たちは無責任極まりない発言を繰り返している。本当にそう思っているのであれば自分の家族、親戚縁者一同を半径30km以内に移住させてみてから発言してほしい。政府関係者の皆さんも然りである。先日も川内村では帰村を呼び掛けていたが応じる方も応じる方で皆老齢の方ばかりで若年層は渋っているのが映し出されていた。まだ自己判断を下している様が読み取れる。こんな事を生産会社がやった場合にはどうなるんだろうかと考えてみた。生産物(商品)がラインの品質管理を怠って曖昧模糊な形で市場に出荷された場合、初期不良で見つかる割合と経時で不具合となって見つかる場合どちらも不良因子がハッキリしていて対策の取りようがない不具合が垂れ流しになったら経時で全数不具合となる確率がきわめて大きいのである。会社は当然の如く市場から退席となり莫大な保障が求められるであろう。じゃあこれを政府がやったら誰が責任をとるのだろう。勝手な判断をした政府与党の責任であるとなるのは目に見えている。然し与党がころころ変わるような政治が執り行われたらどうなるのだろう。すでに当時の責任者は当然のようにお百度参りの続行に汗を流している始末である。今の責任者もそう長くはあるまい。この国は一体責任の所在がどこにも無さげで無責任極まりない会社組織になってしまった。会社組織の品質管理と国の原発被害対応方針をだぶらせて考えてもソリューションビジネスのシュミレーションとは大きくかけ離れてしまった今どこか世紀末のように感じたのは私だけであろうか・・・・。
2012年はある意味チャンスの年である、タイの洪水被害での復旧、国内の電力のインフラ整備の見直し、代替エネルギーの加速、エコ関連への積極的な投資が追い風となって上期中に動き出す企業も増えてくるはずである。一昨年の挨拶の中で潮目を読める漁師の話をしましたが今の政府は潮目を読んで身に迫る危険を回避するような小賢しい漁師になり下がってしまったのである。いくら中小企業、大企業が経済活性を目指しても肝心の船頭が浅瀬ばかり狙って船をわざと座礁しかねない状況を作ってしまっている、全くもって悲しい状況である。
早くまともな船頭が出てくることを祈るばかりであるとともに我々が先陣を切って舵を取らなければと考えた次第である。

 

旅券とビザ
参考))当時の渡航で使った旅券とビザ

 


 

2011年の年頭に
(2011年01月)

 

今年も早3か月が過ぎてしまいましたがアップするのが遅くなりました。一昨年来書き続けてきた事がことごとく現実化して行く様を見て、今年は何をテーマにしようかと色々悩んでおりました。俺は何か持ってるぞと言う流行語大賞もありましたがオーソドックスに俺は何かを持っているぞと言葉を発するのではなく、先を読んで現実化する前に事を乗り切る、或いは事も無げに実行する。いわば段取り八分と言う言葉がありますが全ての所業につながる言葉です。最近周りにこういう言葉遊びが出来る御仁が少なくなってきておりますが、言わずもがなです。昨年の暮れにある仕事でデンマークへ行ってきましたがちょっと異様な光景に出くわしましたので紹介します。現地では雪の降り始めだったのですが、デンマーク人は冬でも雨でも皆自転車を一生懸命こいでおります。移動手段として多く使われているのがいわばチャリンコです。今の日本では考えられないのですが何処に行くにも、雨が降ろうが雪が降ろうが同じ移動手段として使われております。今の日本人は贅沢にも傘をさして歩いても5分も掛からない処まで自動車を使う無駄な消費の典型的な国家になり下がってしまいました。ヨーロッパではエコに関しては特段気を使う訳ではなくごく自然に受け入れられております。無駄なものと有益な物との区分けがはっきりしております。
限りある資源を浪費することなく将来にわたっても大事にしていこうという姿勢が見えます。我々も多くを学ばなければなりません。ここ近年、地球を取り巻く環境も大きく様変わりし、今まで後進国扱いされていた国々に文明開化が訪れ、文明の利器が一足飛びに普及している状況です。このままだとエネルギー資源の枯渇と地球温暖化現象で天変地異が起こり地球そのものの存在が危うくなりそうです。中国が約10億人規模へと人口が増加し続けておりますが一度1/3位に減らないと地球環境のバランスが取れなくなってきます。食料も然りです。
つい先日、日本の広範囲で地震が発生し未曾有の津波被害と相まって大震災が日本を襲いました。北日本の産業は壊滅的なダメージを負いましたがそれ以上に深刻な被害は原発問題です。
ニュースで見たのですが自衛隊の方が自ら被害を受けているにもかかわらず、日本国民の為に命をかけて任務を遂行します、と言った隊員がおりました。こういう言葉を仙石馬鹿元官房長官に聞かせてやりたいと思ったのは私だけではあるまい。自衛隊を暴力装置と揶揄するような奴を国会議員あるいは政権与党とならせた売国日本の民よ!全ては小泉から始まった劇場型政治の幕開けは日本を完全に疲弊してしまった。産業界も然りマスコミは連日支持率がどうたらこうたらと国家論も取り上げずに点数稼ぎに明け暮れている。どこか心を失ったガキがそのまま大人になってマスコミを武器に空論を空中にふりまいているだけである。もはや害である。放射能の比ではない。東電の連中も記者会見で二ヤケタ顔で全くもって不謹慎である。命がけで前線で復旧作業をしている職員をして、こういう奴らこそ放射能に被爆すべきであろう。私は変われるのであれば是非協力したいと考えている。
今の産業構造は利益追求型で利益の旨みのある部分は本社機能、ちょっとした実行部隊は子会社化、手の汚れる部分は外注と、業務フローがどこの会社でも一様になっている。
結果として現場、現物主義は薄れ頭でっかちの理論武装した連中が、現場も判らず色々な教科書的な物言いになってきている為想定外の事が起きるとパニックになり対応が出来ないのである。私も色々な国、あるいは色々な会社でコンサルティングをしているがどの会社も想定外の教科書にないような問題が発生すると一様に窮するのである。如何に柔軟な業務態勢、業務執務訓練を怠っているかである。これらは色々な経験則から学ぶものと一人一人普段の教育訓練がいかに大事かを物語っている。
マスコミに先導されて物事の価値判断能力もない(もともと基礎的な能力が欠如している)国民が増えている中漸く教科書も厚くなり単元も復活してきたが時既に遅しである。今の学童が40歳位になるまで30年以上あり、そのまた子供たちが成人するころ初めて今の教育が生きてくるのである。今の40歳以下の連中は親が苦労して生まれてきた世代の子なので子供に対してはある意味過保護状態である、又その子供たちが今の中学、高校生であればなおのこと時間がかかる。如何に教育が国家を成すかが図り執れる。我々が如何に今の若い世代に教え込むかである。とにもかくにも早く民主党政権を終わらせないとこの国の未来はない。亡国国家になってしまう。小学生の生徒会を一生懸命に開いているような民主党の国会運営ではこの国の将来は無い。如何にも素人である、いちいち言葉が軽いし思慮に欠けている。
2011年はこうして未曾有の大災害からスタートしてしまった。行く末を案じての天罰かなとは某東京都知事も言っておられたが世界中を巻き込んだ原発、あるいは新エネルギー政策を地球規模で論議していかなくてはならない時期に来ている。中東では民主化政策に乗じて石油の利権争いが始まっているしイスラム圏は元々和合する民族ではないので今後も目が離せない。宗教戦争は未来永劫終わることのないジハードとして拡大政争に成る可能性を秘めている。
我々も代替エネルギーを真剣に考えなければ産業の荒廃を招くだけである。合掌あるのみである。今年ものっけから大変な年になりそうであるが日本人は過去に何度もこれ以上の大罪を経て復興・成長を繰り返しているが今度こそは一番の能力の復興を期待される年になるであろう。我々も今年はエコ経営とエコな感性をより完成度を高め今一度ぜいたく消費を見直していきたいと思っている。

 


 

2010年 飛躍に向けて
(2010年01月)

 

新年明けましておめでとうございます。
今年念頭の挨拶は、ある夢に始まった。
1月1日元旦朝、何時もの様に除夜の鐘を聞き年越しのアルコールが体を気だるくさせている。
潮の流れが速く海が引くがごとく轟々音を醸し出している夢だった。思い返せば独立後8年もたっているんだという実感と一体何処へ流れ着くんだろうと言う止め処ない不安からか寝起きが悪かった。ブラジル・マナウスで見たリオ・デ・ネグロとリオ・デ・ソリモンエスのドス黒い水と白く濁った水が混じりあう光景が目に浮かんだ。潮流という言葉があるが、まさに大いなるアマゾン川の神秘的な現象である。
 夢の中ではこの流れに身を任せた自分と、もがき切って流れに逆らっている自分がいた。飲み込まれまいと必死になって泳いでいる自分が現実と重なった。世界の経済がリーマンショック以来、大凡マクロ的にはデフレスパイラル傾向にあるがこれも時代の潮流と言ってしまえば言えないこともない。過去にさかのぼると周期的に経済の潮流が押し寄せてきている。その折々に触れて世界中で切り抜きをしているのであるが今後を見渡した場合どうなのだろう、確実に経済の囲い込みが始まるであろう。一例をあげるならばEU圏では経済の横にらみで各国別に生産品目の登録割り当てが始まり圏外からの輸入措置が出来なくなるような囲い込みとも思える政策が始まった。当然域内では自国の経済優先になり国内経済を発展させるべく生産が行われる。日本からしてみれば今まで何のためらいもなく輸出できた産物が、途方もない関税をかけられるようになり、保護貿易に似た光景が今後見られるであろう。要するにEU圏では、どこかの国では白物家電生産国になり、事務機器はどこの国、自動車はどこと言った担当別生産が割り振られ域内の消費拡大へとつながっていき、EU圏外からの輸入を抑えようとしていくものと思われる。いわゆる工業製品の地産・地消版である。今まで日本にもたらしていた経済効果は急速に冷え込んでいくだろう。他に中国なども自動車の生産技術を盗み取ったならば後は原子力発電技術が駆使できたら世界中にバリアを張り巡らし自国の利益優先になるであろう。そうした場合、現在のような産業構造は根底から崩れ中国の一国独裁的な構図も予測される。何が怖いかと言うとあらゆる分野で中国はイニシアチブを握り中国中心に世界が回るということが一番の世界経済にとっては悲劇である。10年後の鉱工業生産を予測するならば地球上に現存するレアメタルの保有国は中国が絶対的な主導権を握りありとあらゆる工業製品の世界マーケットを牛耳ることになるであろう。
 現在もすでに着々とその構想のもと、今迄世界中から調達したODAやいろいろな基金をもとにレアメタルや石油、あらゆる鉱物資源を買いあさっているというと聞こえはいいが現金で強奪しているといっても過言ではない状況である。14年くらい前にザイール(現在はコンゴ共和国)のキンシャサに行った時に当にモブツ政権が末期状態で中国や他の国の地下資源を巡る汚職の腐敗構造政権が倒壊寸前だったことを鮮明に思い浮かべることができる。キンシャサの空港に降りたった時の異様な雰囲気を今でも決して忘れない。フランスからナイジェリア・ラゴス経由でキンシャサに行ったのだが夜の夜中に滑走路に降り立ったが、空港の照明は豆電球ほどの明かりとともに満天の月明かりだけで、滑走路には真っ黒い人だかりができており闇夜の中に映し出されて月明かりに反射する白い歯と眼の白眼だけが異様な反射を繰り返していた。この文章のくだりはのちに製本してからの購読としてほしいが、その時分にも中国からの密使は同乗していた。やはり日本はお気軽国家でしかない。おおよそこの時に15年、20年後の地下資源の争奪戦あるいは工業生産品の囲い込みが始まろうとは予測だにしなかったであろう。しかし確実に布石は打たれていたのである。
 さて話を元に戻そう。じゃあこれからどうなるのか・・・・。ここ1,2年のうちに中国は更なる工業製品の技術拡大を図るであろうし日本以下海外の生産技術を確実に盗み取るであろう。3年後にはレアメタルで世界中の資源を掌握し、絶対的な優位に立ち世界を席捲するであろう。アメリカなど自意識過剰の破綻国家でしかなく完全に凋落の一途をたどるであろう。今や完全に中国を敵に回してはいけないと必死になって食らいつくのが関の山である。今やわが国も大半の品目の生産場所を中国に移しているがこれも非常にリスキーである。間もなく追い打ちをかけられ国内から生産設備を持ち出せないまま国外退去を求められるか関税を法外に請求される構図となりかねない。とすれば我々の生きる道は完全に閉ざされてしまうのか?所詮日本は島国であるため国外との道を閉ざされてしまえばあっという間に滅びるのである。生産だって購入する者がいなければ先は見えてしまう。生産は今後ますます難しい局面を迎える。生き残りをかけてEU圏内に合弁会社を立ち上げるか日本を捨て海外に居を構えるか華僑的な発想がないとお人好しの日本人はやがて隅に追いやられる。いくら優秀な国民性とはいえ今の子供たちを見ていると腐敗した日教組の連中にゆとりと称した馬鹿な教育を植え付けられ完全に世界から置いてきぼりを食う予感がしてならない。我々は希望として海外で通用する人材を育てていく義務がある、と感じてならない今日この頃である。
 最後に潮流を見てあなた方は潮目をどう読むか。腕のいい船頭は潮目で魚のいる場所を瞬時に読む。腕の悪い船頭はいくら性能の良い魚群探知機をもってしても潮目を読むことはできないのである。いつかマナウスで見たリオ・デ・ネグロの黒い水がやがて潮目で白濁した水に飲み込まれて大河となってアマゾンに飲み込まれていく姿をだぶらせてみた。。。。

 

今年はいよいよ経済にとっても会社存続にしても正念場となりそうです。潮目をどう読むかが私の経営哲学です。

 


2009年 年頭のご挨拶
(2009年01月)

 

昨年中は色々な方に支えられ起業6年目を無事に乗り越えることができました。
是もひとえに皆様方のお陰と感謝する次第です。
思えば昨年は前半に北京オリンピックを見据えた異常な好景気に沸いており、非鉄金属、半導体、燃料資源が軒並み価格を吊り上げていた。 大方の予測通りオリンピック後は、急降下するが如く経済が破綻していくさまが見て取れた。 アメリカのサブプライムローン破綻に始まりリーマンブラザーズ、はたまたビッグスリーの凋落傾向と落日燃ゆの感が否めない。 アメリカ経済は確実に市場の指定席を奪われ始めている。大体にして一極集中などあり得ないし金融お遊びで巨額の富を貪っていたツケが回るのは当然である。 実態経済が無いままマネーゲームで食い物にしていた輩はとっとと退場するべきである。

 

昨年末の御言葉は『変』が選定されていたが世の中全くもって変である。 変化の変、変革の変、様々に人は言うが、私には今迄の国策、教育の崩壊が変調をきたした全くもって意味の変容としか映らない。 一旦狂ってしまった軌道を修正するのは並大抵の努力では効かない。

 

森敦の『意味の変容(ちくま文庫)』に於ける所感で面白いことを言っていたので紹介するが
“任意の一点を中心とし、任意の半径を以て円周を描く。 そうすると、円周を境界として、全体概念は二つの領域に分かたれる。 境界はこの二つの領域のいずれかに属さねばならぬ。 このとき、境界がそれに属せざるところの領域を内部と言い、 境界がそれに属するところの領域を外部と言う。”
と言うくだりで、世界という言葉を使うが、「世界」と言った瞬間に内部と外部に分かれてしまう。しかし世界と区切ってしまうと境界が見えなくなり、境界を 見るためには世界の外部に立つ必要がある。認識の及ぶ範囲が外部にあると内部が見えないし、内部に入ると境界の外部が見えなくなる。境界がそれに属さない 大小のない無限の内部を実現し魅了することによって、世界の差違を消失させる。つまりいかなるものもまずその意味を取り去らなければ対応するものとする事 はできない。対応する事が出来なければ構造する事が出来ず、構造する事が出来なければ、いかなるものもその意味を持つ事が出来ない。従って少なくともまず 極小におい見、極大において見、初めて思考の指針を現実に向けて、その意味を変容において捉えなければならない。
新年早々哲学してみたが、要するに内なる正義感を創出し、外からばかり見て物を言うより内側に入りじっくり思考回路を巡らせばおのずと進むべき方向性が見えてくるのである。
2009年は必ずしもマイナス面ばかりではない。世界同時不況が公的資金の世界同時注入に至り、経済そのものを立て直そうと躍起になるであろうし、 アメリ カは次なるマネーゲ-ムを虎視眈々と狙うだろうし、年末に予測した必ず次なる戦争を仕掛けるだろうといった言葉がまさに3日後に的中した(アフガンに増派 決定)。要するに軍需で国益を拡大している構造は拭いきれないのである。懲りない国家であることは間違いない。この影響度合いを他国に及ぼさないでほしい ものである。
さて然らば我々の業界はどうであろうか。モノが売れないというより世界同時不況により買い控えをしている状態である。とは言っても以前の購買層が現金をし まい込んでいる為、市場は活況を呈すまでには至らないのである。 箪笥預金的な物見を決め込んでいるし、企業は企業で何度も同じような状況を過去に経験している為アクセルとブレーキを踏むタイミングが又これ絶妙のタイミ ングである。決して同じつてを2度踏まないのである。おおよそ為替差損ぐらいは期初に想定してレートをシュミレーションしているであろうし、世相に反映し て、「うちも赤字」、「うちも赤字」と口裏を合わせている状況である。会社としては実に都合のいい話になっているのである。本当に苦しいメーカーは30% 位であり残りは便乗組が支配している。これは2009年の前半は体力測定をしているようなもので、後半まで体力の持たない短距離組は力尽きるのである。
業界の再編へと進むべきなのである。来るべきネット社会の功罪がここいらでも垣間見えるのである。私はこれはこれで大いにチャンスであると考える。市場原 理からすると新たなビジネストライの時期でもある。内なる指針がどれだけアイデアの創出と生きた金の使い方が出来るかである。
最後にこの年をいかに生きるかは、境界の内部、外部を冷静に見据え客観力と素早い判断力が重要で、御社にとって都合の良い境界に身を置くことが重要ではないでしょうか。
代表取締役社長 柿崎弘雄

 


2008年を憂いて
(2008年01月)

 

新年を迎え皆様方には一方ならぬご愛顧を頂き感謝する次第であります。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

2007年度は何かとお騒がせな年であったような気がする。 偽造に始まり偽造で締めくくってしまった最悪の年かもしれない。 何故こんな日本になったのだろうとふと考えを過去に及ぼすと、個人的な見解ではあるが一つの結論に思い当たる。

 

団塊の世代の日本の成長過程で育った方たちは、馬車馬のように仕事をし、成果主義的な道を一心不乱に歩んでいたような気がする。 当然、人間関係や子供の遊び方も然り、良い意味での師弟関係、ガキ大将関係が保てていたような気がする。 それが今や子供を含め親の世代までがゲーム感覚で物事を進めてしまうのである。ゲームはストーリー性を持たず簡単にリセット出来てしまう。 何でもかんでも直ぐにリセットがかかるから終末の結論を見ないまま考えが及ばないのである。 特にシューティングゲームに至っては、ヒーローとやられ役がはっきりしており、ヒーロー役が勝つまで何度でもやられまくるのである。
何処か会社の人間関係にも似たようなところがある。関西方面の会社での出来事だが、朝礼があり其処では毎日のように若い技術者がみそくそに怒鳴られ、 訳も解らないまま恫喝まがいの業務指示を受けているのを見たことがある。 こんな会社では真実がおのずと伝わらなくなり、怒られないようにするにはどうすればよいかと言うテクニックだけが先行するようになる。 その場しのぎの対応で怒られなければ万時良しとなる。何処か偽装の取っ掛かりを見ているようなものである。 しからばその会社の商品と言えば全てがデッドコピーからスタートしているのもうなずける。 いわば会社ぐるみで偽装をしていることではないか・・・・・?

 

昔、若い時にマネシタ電気と言う言葉を聞いたことがある。 会社の成長期どの会社もたどる道なのかもしれないが戦略的にはすべてのトップを走るより開発経費を極力抑えて最大の効果を出したいのであれば2番煎じが一番効率が良いと思う。 しかし、そこには偽装ではなくオリジナリティを媚薬の様にまぶさないと拙い訳で、そこで生産活動のレベルを上げて体力がついた時に逆転すれば良いと思う。 昨年末の清水寺のお題目で「偽」と言う字が象徴のように締めくくられていたが、やはり言葉の響きをすれば当然の世の中になったのかなと考えてしまう。

 

話は戻すが今の子供たちは横のつながりは持てるが縦のつながりは中々持てないと思う。 遊びに集まっても黙々と5,6人でゲームの画面を向いて会話すらない状況でよく遊びの間が設定できるものだとつくづく不思議に思うのは私だけだろうか・・・・! 良き時代として必ずガキ大将がいて下の子の面倒を見ながら遊びの指南をしてくれたものである。我々が小さかった頃はそうしたいい意味での先生が周りにたくさんいた記憶がある。 そして先輩に教わったことを後輩に伝承していく、そこには得意な分野での必ずと言っていいほどのリーダーが出現するのである、知らず知らず社会の仕事のやり方を学んでいたのかもしれない。 子供心に頼れるリーダーがいて遊びを教えてくれる人を尊敬していたように思う。それが今の子供たちからその親の世代までは感じ取ることが出来ないのである。
これは何も子供たちの社会だけでなく、大人の社会でも同じで目の前に仕事のパートナーがいても指示命令、報告をメールで済ませているケースを何度か目の当たりにしたことがある。 コミュニケーション不足と言うより、よくそんな仕事のやり方を許可しているものだと不思議に思ったものである。 さて今年の生産現場はどんな動きをするのだろうか?前述のように実装現場では偽装はすぐに化けの皮が剥がれる。 やはりコツコツとノウハウを積み上げ、確実に生産性及び品質向上を維持継続する事が良き仕事を創出するのである。 信頼を勝ち取ってこそ次につながると思う。そんな意味で今年は生産現場にしっかりと維持向上できるような技術の田植えに専念したいと思う。 今の日本1次産業から3次産業、4次産業へと様変わりしてもベースは1次産業を理解したうえで4次産業に向かわないと今年も偽装の上塗りになってしまいますよ。。。。。。
今年もこんな戯言で一年がスタートしてしまった。。。
代表取締役社長 柿崎弘雄